ヤマグチが呟いた。いやヤマグチがわざわざ口を開いた、てことはそれはどうしても伝えたいことがあってのことだ。だから「呟いた」て表現はおかしいのだけど、それは音量といい音圧といいそうとしか言い表せない声だったのだ。
だけど、そのか細い声に場が静まる。
「最初からこちらの意見を聞く気がない相手に、『気持』でなにかが伝わるのか?」
一瞬、その水を差すような「否定」に対して誰かが反論しようとしたけど、それは空気だけで未遂に終わった。ヤマグチの物静かな圧力、それがおれたちの、子供っぽい議論を凍りつかせている。
ヤマグチは続ける。
「教員側がおれたちの反対なんて聞くわけないでしょ。修業式直前なんて、こんな明らかに反発食らうようなタイミングで発表するんだ。感情的な反論なんて想定内。」
この「感情的な反論」てところでヤマグチが、三谷ほか何名かの、熱い意見を言っているようでその実ヒステリックに泣き喚いていただけの女子のグループを視線に捉えたのをおれは見逃さなかった。
「そんな反対なんて全く気にしてない。学年切り替わりまで待てばそんなの自然と沈静化すると思ってる。まあ実際にそうなるだろうし」
ここでさすがに何人かが声を上げた。「そんなことない」だの「許せない」だの意見未満のものでしかなかったが。
「まあそうならそうでいいけど」
ヤマグチはいつも通りの嘲笑を浮かべ、その声を躱した。
確かに、実際にクラスが変わっても、決して人数が多くないウチの中学だ、新学年だって3クラスしかない。クラス替えをしたところでクラスの3分の1は今と同じメンバーなわけだ。それに、今だって部活やら塾やらでクラス以外の関係だってあるわけで、考えてみればなぜおれたちはこんなにも「クラス替え」ということに反対しているのだろう。
やはり、この時期に「突然」「理由も言わず」という点で受け容れられないだけなのか。だとしたら、ヤマグチの言うようにそれは「感情的な」反対でしかない。
そんな不条理で曖昧なもので、物事が変わるなんて、到底思えない。そこに理屈があったとしても、変えられないものがいっぱいなのに。
「ていうかさ」
ヤマグチの言葉がおれを、どんどん「現実」に引き込む。
「そもそも相手は教員で学校。だから生徒に対しての諸々の裁量権は向こうが持っている。生徒がどれだけ筋道立てて反対しても、『教育的指導』という名のもとに潰せる権利を持っている。そんな最初からアンフェアな相手に対し、『訴える』だの『気持を伝える』なんてことに意味なんてないでしょ。それは大人を舐めてるよ。」
やめてくれ。さっきまでなにかが動き出そうとしていたのに。おれは、おれたちは、もう少しでそれに酔えるところだったのに。
あまりにもこの場が、この場の変化が残酷過ぎて、息苦しくなったおれは思わず助けを求めたんだ。
「どうすればいい?」
ヤマグチと眼があったのは、たぶんこれが初めてだと思う。
「テロ、しかない。」
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